Column

2015 . 1 . 24

毎度のせりふ、日々慌ただしく過ぎてゆき、気が付けば年を越してしまいました。楽しいことも辛いこともいろいろありましたが、皆さま、今年もどうぞ宜しくお願い致します!

ここ数年、年末は私の母が箱根駅伝を応援するために茅ヶ崎に来ておりまして、そのこともあって年越しを挟んだ数日の間だけ、我が家にテレビが映ります。正確にいうと我が家にはテレビという機械は無く、iMacが一台、ドンッとキッチンの脇に置いてあるだけなのですが、母が来る時だけはそこにアンテナを繋いでテレビを見られるようにしているのです。我が家の日常にテレビが無くなっても4年ほど経ちますが、この位の時間が経過して気が付いたことがあります。テレビコマーシャルで何が宣伝されて、芸能人は誰が出ているのか、全く知らないのです。もちろん、ドレンディードラマや今話題のキャラクターなども、完全に遅れて施主から聞いて「へぇ~」という感じです。その感覚が、良く言えばまるで時代をトリップしている感覚と言いますか、別世界に居るような浮遊感を感じることが分かりました。結局のところ、日常生活にはほとんどどうでもいいような情報が溢れているわけで、知らず知らずのうちにその波に翻弄され、その役に立たない世の出来事などを理由も無く、ただ知っていることが自明なこととして、他者と共有されていくのです。難しく言うと暗黙知なのです。それが文化を形成してゆきます。良くも悪くも。日本はその様にしてその様な空気を形成し、さらに次の世代を形成してゆくのです。ですので、私の様にクライアントの要望のその上にきちんと立脚し、物事の原理やその相対関係を正確に見極めようとすると、いっそのこと思い切ってその水面から飛び出してしまった方が、世間の風景がとてもよく見えるのです。ただ、思いつきでテレビを絶ったからすぐにそうなるのではなく、5年、あるいは10年といったオーダーで実行できなければ本当の意味で、正当な位置に立脚することは出来ないだろうとも思っています。まだまだこれから、ということかもしれませんね。

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