Column

2007 . 9 . 1

 少し遅く家に帰って、夜のニュースを見ていたら、「幼児殺害事件」「親殺害事件」「ひき逃げ事件」と、立て続けに3件の殺人事件が報道された。しばらく頑張って見ていたが、さすがに人がころされた、だれかが捕まった、等と言った内容で30分は堪えきれず、とうとうテレビを切ってしまった。そもそも、ニュースって何だろうといやでも考えさせられる。こう言ったら当事者に怒られるかもしれないが、所詮他人事でそれがどうのこうの言ったところで私にとってはやはりどうでもいいし、例えばその内容で自身の考え方や、明日の生き方を変えてみようとは思わないだろう。かわいそうねぇ、と妻は言うが、(無論、反対はしないけど・・)他人に同情している暇があったら、その殺意の動機となった価値観というものが、どの程度普遍的なものなのかをまずは考えてみた方がよさそうだ。例えばお金。お金ほしさに人を殺すなんて話題はどこでも聞く形而下の代表的出来事の様にも思うが、そのお金がそんなに大事か。お金は現実と思っている人も多いでしょうが、お金ほど抽象的なものはやはりありません。原始時代にお金はなかったろうし、例えば戦争の最中、お金はどの程度の価値があったか。まるで宙に浮いた様な抽象概念の為に、我々人間は夢にうなされる様にして悩み、人を殺して、自殺もする。頭がいいのやら、悪いのやら。

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