Column

2007 . 12 . 22

 いったい僕たちは何のために建築を目指しているのか。いや、理由などない。ただ気が付いたら建築に憧れ、何か分からないが空間をつくり精神の調和する瞬間にただ憧れ、そしてひたすら走っていた。クライアントの喜ぶ顔を思い浮かべることもある。これしかなかった、と思える、その場、その空気の中にただ置かれた建築のカタチ。そこから発する圧倒的なまでの力強い魂に魅了され、そしていつしかそれを追いかけて走っていた。しかし未だ追いつける感じがしない。どこまで行っても真っ白な霧しかみえない道を、確固たる理由など実はなく、建築を信じて気が付けば走っていただけのこと。信じる事に理由はないから、建築を目指す理由も本当はないことになる。生きることに意味はないことに似ているなと考えることが最近多い。なぜ自分は生まれてきたのか、なぜ生きているのか。人は道に迷うとだいたいそんな事を考え、意味を求める様だが、私は道に迷ってもそんな事は考えない。なぜならば信じる勇気があるから。気が付いたらただ生きていた。だから生きる事をただ受け止めてより善く生きようとする勇気、理由もなく建築を信じてひたすら向かっていく勇気。信じることが唯一生きる力であり、力があるから皆、生きていける

▲ページトップへ戻る

▲columnTOPへ