Report

「岐阜で見た町屋」レポート

2008 . 3 . 14

幸運にも、私の好きな岐阜で継続的に仕事があるので、時間を見付けては長良川沿いの古い街並みを見てあるくのが好きだ。先日初めてスタッフを連れて、ふらっとお店の様な、雑貨屋の様な町屋に入ったら、想像以上に保存状態がよく、さらに天井高さの低い2階や、中庭などにも入る事が出来、ちょっと休憩するつもりが1時間以上も長居をしてしまった。民芸品やまさにシーズンだったひな人形などが華やかに展示されているのを横目で見ながら、2階へ上がって通り沿いのぐっと天井の下がったお座敷にぺたんと座る。天井高さのバランスや居場所の分節、空間の躍動感、障子の光と壁の分割と床の間を絡めたシークエンスをレクチャー。その後しずしずと、今度は1階の中庭に面した奧座敷へ向かいぺたんと座る。障子で切り取られた中庭の風景をしばし見る。手入れが十分に行き届いているとは言い難い庭だが・・まぁ、いいね。暗さがいい。暗いから庭から光りが遠慮がちに流れ込むそのグラデーションが美しく感じる。

さらに民芸品をひょいっと跨ぎながら通り庭を通って、その奧にはなんと倉を改装した喫茶店。天井の高くて朝も早くから客で賑わっている、が、我々はそんなのは遠慮してくるっと引き返し、中庭の縁側に小さなちゃぶ台と座布団が設えてあるのを私は見逃さなかった。店員にことわって遠慮無く中庭へ。「寒いですけどいいんですか?」という店員には「大丈夫ですよ~」と答える。丸柱と濡れ縁、庇の出と向かいの屋根の高さバランス、空間の結界についてレクチャー。最初曇っていたのにその内晴れてきて、ぱぁっと濡れた石が輝く。その内に今度は雨が降ってきた。まるで私たちのことを祝福しているかの様。

そこでスタッフと深く思索したことは、空間の湿り気。色気とよんでもいい。湿り気や色気の無い空間は、味気なくてのっぺらぼうで、まるでつまらない。その中庭には確かに湿り気があるから、その湿り気って何だろう?湿度の事ではないので念のため・・。たぶん予定調和的でない物事の計画性。自然発生的であってなおかつ、深いところで全てが計画されている空間構成。全ての意味が見通せない、何かが引っかかる不思議な感覚。素材の持つ陰翳。それらの相乗効果が、空間に湿り気と色気を与えているように私は思う。言葉では絶対に通じないことは最初から分かっているから、こういう話は、その場の空気を感じながら共有していくしか方法がない。そしてその人の心の奥にその言葉にならない「感覚」が泉の如く湧き出す瞬間を待つしかない。

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