Report

「三内丸山遺跡」レポート

2008 . 12 . 2

先月中頃青森に用事があったついでに、スタッフと三内丸山遺跡に行ってきました。実は以前に1回だけ行ったことがあったけど、そのときは雪が積もっていて、しかも時間がなかったのでじっくり見ることが出来なかった。

さて東北の冬は日が傾くのが早いです。少々慌てながら高床式倉庫や住居群をうろうろと歩き、私がスタッフと特にきちんと体験したかったのは、竪穴式住居の掘り込まれた土の深さとその空間的な意味。もちろん、その「意味」とは言葉のことではなく、縄文人が言葉を持たずして空間をロジックで構築することもせず、環境的な負荷と人がそこに居るという完全なる本能から来るその安心感なのか、ただ、居るというその行為を裏付けるための(例えば動物が本能的に巣を造るかの様に)行為なのか、その肉体的体験としての風景を感じたかったということ。それを私は出来るだけ言葉に置き換え、寸法で解釈し、そしてスタッフにその解釈にたいする意見を求める。

私たちは空間を構築する仕事をしている。それは軽々しく「デザイン」と言えることではなく、「人が居る」ということのクオリティーを高める職能である。やはり言葉で解釈するには限界があり、つまり繰り返して言うことだが、言葉は空間にならないから、やはり空間の肉体的体験としての味わいをしっかりと身につけ、そこにある素晴らしい品質は、何とかして反復出来るように咀嚼していきたいと思う。復元ではあるが、しずみかかった夕日に照らし出される屋根の美しさや、倉庫が持ち上げられた美しいプロポーションの脚、そして何より、竪穴式住居の土の安心感とそこに私が座るという行為をバックアップする必然性、そして常に更新しながら自然と共に生きていく儚さを表現しているかの様な茅葺き屋根のバランス。つまり動かない大地に対して更新していく構築物。あらためて、座るという行為の必然性に対して、それをバックアップする空間の力の必要性を感じる旅行だった。

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