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「初詣」レポート

2006 . 1 . 10

1月9日にやっと初詣に行く事が出来ました。例年ならば3日か4日の妻の仕事が休みの日に行くと決まっているのですが、今年は新年早々に私が体調を崩してしまったため、なかなか行けませんでした。少し時期が遅れた事もあってか、今年の江ノ島(神奈川県藤沢市)はいつもに比べれば人も少なく、何と言っても車がすんなり橋を渡れて、そしてすんなりと駐車場に入る事が出来たのは感動ものだったなぁ。毎年決まって江ノ島に初詣に行くのには理由があって、それは境内に向かう時の気持ちの整理がつきやすいから、というと少し難しく聞こえるのですが、つまり海を渡って「向こう側」へ行くという行為が、非常に日本の寺社仏閣につきものの「結界」を意識させてくれる訳でして、通常の場合はそれを鳥居が果たしてくれる。しかし江ノ島の場合、鳥居はもちろんあるのですが、その前にはより明快な「内宮」と「下宮」を分け隔てる水(この場合は海ですが)が歴然と存在していて、我々庶民をそう易々とは近づけ得ない構造になっている。と同時に、周囲をぐるっと海に囲まれる事で、より崇高な存在へと島全体を昇華している事は言うまでもないのではないか。どこのお寺にいっても、その一角だけうっそうと茂った杉林はつきものでしょうが、それもその境内を、他の場所とは違うもの、空間を異質なものとしてより明快に差別化を計るための手段であり、格式の高い場所と、そうでない場所、日常と非日常を視覚的にも指し示す為の仕掛けなのだ。外部空間を仕切るための仕掛けは、何も門扉や塀だけではない事はこれでよく分かってもらえるでしょう。江ノ島の場合、島全体がいわゆる内宮の様なものだから、面白い。つまり鳥居は海に向かって開いているのです。その前には(本来)参道は無く、ただ海が広がっているだけ。現在の江ノ島では車の通れる橋が付いてしまっているので、そこら辺の構造の面白さは分かりにくいのですが、日本三大弁財天(もちろん江ノ島はその中の一つですね)で有名な竹生島(chikubujima)に船に乗ってアプローチすると一目瞭然です。島の入り江にある鳥居に向かって船が進み、そのアプローチする過程にこそ、日常から脱却して行く緊張感と気持ちの高揚感を味わえる楽しみがあります。

さて、入り口の話はその位にしておいて、江ノ島の面白さは他にもあるのでこのレポートを通じてお伝えしたいと思います。一般的に江ノ島は銭洗い弁天が観光的には有名でしょうし、エスカーと呼ばれるエスカレーター、そこかしこに居る愛想の良い猫、それから新しくなったばかりの展望台、幽霊の出る小道、洞窟、サザエの壺焼き?もやはり忘れてはならないでしょうね。でも「建築的なもの」に興味があるならば、寺社建築そのものよりも、島の斜面に展開するその構成と、構成が織りなす風景が最高に美しいと言っておきたい。まるで迷路の様に細い道が登ったり下ったりを繰り返しながら、宮めぐりを楽しむ。(実はこの点においても、さらに徹底していると思われるのが竹生島なのだが・・)とにかく立体的なのです。その風景がより一層、鮮明に体験出来るのが初詣の様な賑やかな、つまり提灯などがたくさん出ている時期の夕方という事になるのです。だから我が家は決まって夕方にお参りに行く。夕日に沈んで行く湘南海岸を江ノ島から眺めるのは大変に感動的は体験ですが、そこに浮かび上がる立体的な小道と建築の構成は、もっとわくわくさせてくれます。真っ平らな所(例えば田んぼの真ん中に)に、強烈な軸線を引っ張って(つまり長~い参道の事)そこを歩いても、何だかちっとも心が高まる感じがしないのは私だけでしょうか。江ノ島や宮島、竹生島などは島とその周囲の水の力(借景)によって、より求心力が強まっている気がします。

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