Report

富士竹類植物園レポート

2012 . 10 . 30

5年ぶりくらいになりますが、富士の裾野にある(住所は駿東郡長泉町)富士竹類植物園にスタッフと一緒に行ってきました。はじめて行ったのはRSH:4という住宅の中庭に植えるための竹を探すのが目的でした。具体的には視線の制御を目的としたスクリーン効果を狙って竹が必要と判断したことによります。そのとき、対応して下さった柏木さんと一緒に園内を歩きながら、漠然とした竹というものが僕の中で具体的な意匠と名前に分解され、それぞれ使い方によって選ぶ必要があることが分かってきました。それ以来、本当に多くの住宅で、あるいは商店建築等で竹を採用し、そのうちの大半は富士竹類植物園から購入しています。元々は植物園として開園し、竹笹類の研究が目的で販売はしていなかったそうですが。。。

さて、今回久しぶりに行ったのは、岐阜で進行中の終の棲家の設計において、やはり意匠的理由から竹が適切と判断し、空間断面のプロポーションに適した竹を探すのが目的でした。竹というと多くの方が、年ごとに成長して大きくなると思っていますが、一ヶ月強で背丈の成長は終わり、その後は毎年の梅雨前に落葉して新芽を出す繰り返しで、大きくなることはありませんし、枝振りも剪定しない限り増えたりはしません。ですので、幹の太さや成長後の背丈、節のピッチと枝の出方など、様々な品種ごとのキャラクターを理解した上で剪定しなければいけません。

私が竹を多く採用する理由は、勿論視線の制御といった様な機能的理由があるのですが、それだけではありません。実は竹ってキャラクターが必要以上に主張していない感じがするのです。逆の事例を挙げるときりがありませんが、紅葉も多く使います。が、紅葉はそもそもの樹形という素性の善し悪しに始まり、特に最初の数年はその空間に合わせてきちんと剪定を行い、「紅葉」として美しく見えなければなりません。さらにその場のプロポーションだけではなく、嗜好や雰囲気に合う、合わないの問題が強く出て来てしまいます。誤った見方をすれば、紅葉の存在だけで「和風」と判断される事態を巻き起こします。ところが、竹は至って中性だと私は思います。竹は嫌い、という人も過去の経験からとても少なく、どんな意匠の空間にもすんなりと溶け込んでしまうほどに、柔軟性があると思います。ちなみに私の家「soranokatachi」には孟宗竹と黒竹と紅葉が植えてあります。今でも、いっその事全部を竹にして、竹林を縁側で囲んだらいいだろうな~と妄想しています。

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