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18/08/10

今月上旬、逗子にて進めて参りました住宅が竣工いたしました。逗子駅から徒歩15分ほど、山の中腹に抱かれるような、陽光に溢れた環境に建っています。
同時期に工事が始まった住宅が周囲にあるため、2階の開口部は遠景の山と裏山を狙ってピクチャーウィンドウとしました。

南の間は目の前に迫る裏庭の緑を、北の間は山並みを眺望する窓を設けました。

そして南の間と北の間の間にキッチン空間を挟み込み、クランクする動線を創り出すことで空間に繋がりと分節を生んでいます。さらにそれぞれの空間は家型の天井とし、包まれる様な庇護性と風景へと向かう軸線を演出しています。私の設計する住宅に頻繁に登場する造作のベンチはこの住宅にも沢山設置され、座るだけでなく本棚やテレビ台としても使うことが出来、さらに居場所の重心を整え、心地良くその場に居ることが出来るという、当たり前の様に思えて実は高度なデザインを心がけています。

1階と2階を繋ぐ階段は、陰影のあるアトリエを兼ねています。つまり階段の踊り場がアトリエになっているのですが、実は階段の上にはロフトスペースがあり、ここは大人が入っても楽しい籠もり部屋です。開口部を最小限に絞り込み、濃紺の和紙で包み込んだ空間です。

この住宅の1階は広いポーチと中庭、縁側へと開放されています。そして縁側を通って寝室や洗面室、浴室へと向かいます。外観はレッドシダーの壁に包まれたポーチが特徴的で、緑を切り取る額縁として、あるいは大きなゲートの様です。外部からアプローチするとそのまま裏山へと繋がっていく視線と動線が、日々の生活に喜びを与えてくれると期待しています。
クライアントは、逗子の風土がとても似合う、朗らかで活動的な夫婦です。コンパクトな造成敷地でしたが、中庭や広々としたポーチや縁側が自然に開放された、最小限住居といって良い私のプランに賛同していただき、逗子の風土に合った、唯一無二の住宅が出来上がったと思います。雨で縁側が塗れることもありますが、その様な自然と融合した生活が、月日とともに生活風景となり、クライアントご夫婦や、ここで育つ子供達にとっての心象風景となることをお祈りしております。
ご依頼いただき、心より感謝致します。有り難うございました。

Column

18/08/10

以前無駄について書きましたが、その続きを書きたいと思います。

都市生活に慣れてくると、人が意識的に創り出したもの以外の物や、あるいはその存在の仕方に対して、不合理や無意味さを感じてしまい、無駄だなと考えたりしがちです。理由は繰り返しになりますが、人の意識が創り出したものではないからなのですが、実は人(つまりあなた自身)も人が意識的に創り出した存在ではなく、何億年もかけて、気がついたら存在してしまっていた存在なので、自然です。でも自分を無駄な存在と考える人はそれほどいるわけではなくて、ほぼ皆さんそのストレスを外部に投影しがちです。

例えば雑草。

雑草という草は無くて、全て植物としての長い歴史を持っていて名称もあるのですが、造園家が計画的に植えた花や山野草、芝生以外に、意図せず生えてきてしまった草、つまり自然は全て無駄で邪魔なものと考えるのが、つまり現代人と言えます。現代人とは即ち都会人と言い換えてもよいほどに、日本は全て都市化してしまいました。本当の田舎人はもう絶滅危惧種ではないでしょうか。

改めて言うまでもなく、自然は必然です。地形の起伏も、道を阻む河も当然自然ですから、その存在は人知を越えた合理性と必然性に満ちているはずです。もしそうでなければ、とっくに淘汰され変形され、落ち着くところに落ち着いているはずで、現代を生きる我々は、常に進行形でその合理性の海を泳いでいます。いつもその波に逆らって泳いでいるので、災害も起こります。どうにもなりませんが、そういった原理は頭の片隅に持ち続けていても損はしないと思います。