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Le ciel×IRONO オープンレポート

19/01/25

昨年末、平塚の傾斜地にとても小さくて可愛らしいカフェがオープンしました。傾斜地と言いましても周囲は住宅が建ち並ぶ予定の住宅街なのですが、今はまだ件数が少なく大変に良好な環境で、すぐ裏手には東海大学の樹木が茂り、反対側は平塚の住宅街を一望する素晴らしい立地に建っています。
オーナーはacaaで設計を手がけたRSH:6のクライアントですが、もともとRSH:6のエントランスと中庭を使ってカフェとブティックを営業していましたので、今回はその店舗の拡張ということで、小さいながらも手作りアクセサリーやおしゃれ服なども販売することが出来るように、内部を2つのエリアに分けてデザインしています。中央の大きなテーブルが置かれた場所はカフェで、内壁は外壁の木がそのまま内部に入ってきた様な、外部の様なデザインです。
そしてその横には真っ白な壁と天井と床に包まれるような空間で、そこにアクセサリーの工房と陳列棚を置いています。アプローチの道路から見ると、カフェスーペースを通り越してそのまま平塚の遠景へと視線が抜け、その延長上に眺めのよいバルコニーが設置されています。
平面形は正方形で外観もほぼ四角い木の箱です。レッドシダーを鎧張りにし、エッジを効かせ掘り込んだ窪みがポーチとバルコニーになっています。建物の前後には広々とした傾斜が余っており、そこにクライアントと選定した樹木を予算の許す限り植えてもらい、さらに芝も張って頂きました。
春の新緑のころ、風の抜けてゆく気持ちのよいバルコニーで紅葉の葉越しに風景を眺めながらコーヒーを頂くことを楽しみにしています。そして10年ほど経過したころ、成長した樹木に覆われるようにして木の箱が存在していれば幸せだなと思います。この度は2度目のご依頼になりました。どうも有り難うございました。

Column

18/08/10

以前無駄について書きましたが、その続きを書きたいと思います。

都市生活に慣れてくると、人が意識的に創り出したもの以外の物や、あるいはその存在の仕方に対して、不合理や無意味さを感じてしまい、無駄だなと考えたりしがちです。理由は繰り返しになりますが、人の意識が創り出したものではないからなのですが、実は人(つまりあなた自身)も人が意識的に創り出した存在ではなく、何億年もかけて、気がついたら存在してしまっていた存在なので、自然です。でも自分を無駄な存在と考える人はそれほどいるわけではなくて、ほぼ皆さんそのストレスを外部に投影しがちです。

例えば雑草。

雑草という草は無くて、全て植物としての長い歴史を持っていて名称もあるのですが、造園家が計画的に植えた花や山野草、芝生以外に、意図せず生えてきてしまった草、つまり自然は全て無駄で邪魔なものと考えるのが、つまり現代人と言えます。現代人とは即ち都会人と言い換えてもよいほどに、日本は全て都市化してしまいました。本当の田舎人はもう絶滅危惧種ではないでしょうか。

改めて言うまでもなく、自然は必然です。地形の起伏も、道を阻む河も当然自然ですから、その存在は人知を越えた合理性と必然性に満ちているはずです。もしそうでなければ、とっくに淘汰され変形され、落ち着くところに落ち着いているはずで、現代を生きる我々は、常に進行形でその合理性の海を泳いでいます。いつもその波に逆らって泳いでいるので、災害も起こります。どうにもなりませんが、そういった原理は頭の片隅に持ち続けていても損はしないと思います。