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群馬の家竣工レポート

21/06/11

群馬の家竣工レポート

昨年の暮れ、群馬県の畑の中の長い土地に長い家が竣工し、先日、遅くなりましたが竣工写真の撮影を行ってきました。遠くからでも見通せる短冊状の土地割りがそのまま敷地になっています。二つの道路からアプローチ可能となっていますが、家はそのほぼ中央付近に建っていますので、家に辿り着くまでに言わば参道のような、あるいは散歩道のある公園のようなところを歩く必要があるのですが、私が提案した家は、その長い敷地の特徴をそのまま引き受けて、さらに長く、視線の抜けとその延長性を助長するような生活空間です。

具体的には耐震要素としての構造壁を用いて、連続したアーチを家の中に設置しました。さらにその中に大きな階段が上下することで、生活のシーンに見上げる(仰ぎ見る)、見下げる(俯瞰する)、見通す(眺望する)といった例えばハイキングなど自然の中で行われる行為を家の中に持ち込むことが出来ました。どこからでもリブによる遠近感を感じられ、数学的距離より体験される距離感の方がより長く、そして広く感じられるというイリュージョンを導き出しています。 
連続するアーチはその先にある風景を切り取るフレーミングの役割を担っています。
この生活空間では階段による高低差と明るさの差異による空間の分節を行っていますが、全般的に2階は天井が高くおおらかな空間が展開しています。一方で1階は天井を低くし、壁の色は濃紺を用いることで足を踏み入れた瞬間にそこがプライベートゾーンであることが察知されるほどに、そのコントラストを強めています。さらに1階部分は端から端まで繋がっており、2階への階段を通ることなく向こう側へと行けるループ動線を創り出します。
外観は黒い切妻型のシンプルな造形として、決して奇抜な造形ではありません。むしろ田舎特有の長閑な風景にぽんと置かれた変哲のない存在を目指しました。そして前後に広がる庭がやはりこの家にとってはとても大切で、今後長きにわたって草花や木々が育ち、そしてさらに豊かな森に包まれた風景が生まれることを期待したいと思います。模型をご覧頂いたときは驚いたかと思いますが、私の提案を全面的に受け入れていただき、ここに住む喜びと誇りにして頂いたクライアントに心より感謝致します。有り難う御座いました。

Column

21/06/11

どうやら世間的にはどうしてもクリエイティブに、つまり創造的に生きることを否定したいらしい。そう思ってしまうのは、やはり電車に乗っていて「めんどい間違い探し」の絵本が、本当かどうかコロナ渦ですごく売れているらしい。それはそれで良いとして、まことしやかに書かれているコメント。「こどもがゲームより熱中している!」「最強のひまつぶし」、前半は親の子に対するコメント、後半は分からない。しかしなぜ、子供がゲームより熱中することが親にとって嬉しいのかが私には謎で、ゲームという比較の対象が本当に今やることなのかを疑うことはしないのかがもっと問題。私が親なら間違いさがしばかりしてないで、文字のある本でも呼んだらどうだ?となりますが、世間的にはまずはゲーム。ここは避けられない。なぜならば自分もやるから(笑)ゲームも間違い探しも、これは言わば他人の仕掛けたストーリーをトレースする行為で、これは極めて受動的な行為、娯楽と言えます。そしてその結果、およそ導かれる結果は「こればかりやっていると何も創り出せなくなってしまう」です。はい。そんなこと言っても分かるわけない、そうかもしれません。最強の暇つぶしという評価が絵本という商品の販売促進に使われる時代ですから、世の中さほどに暇を潰したくて仕方がないのでしょう。10年前と違って電車に乗ると、乗客のしていることはほぼふたつ。寝てるかケータイか。本は20人にひとり、スケッチブックに何かを書き留めたり描いたりしているひとは、確率的には限りなく0%。本を読む行為も受動的です。ですので、本を読んだ時点では勝負は決まりません。その後、何かしらの方法でアウトプットしなければ意味がありません。残念ながら電車でアウトプットしている人には出会わなくなりました。私はその意味では異端ですね。きっと。ペンを片手にうんうん悩みながらたまに本を開いたりしてますから。