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House-Y竣工レポート

18/03/19

福岡県西区で設計監理を行ってきました住宅が竣工を迎えました。60歳台のご夫婦のための住宅ですが、4人いらっしゃるご子息様が将来結婚なさり、新たな家族への期待感と楽しくて賑わいにあふれた老後を実現したいという思いを受け止め、陽光と陰影に満たされた、立体的で活動的な住空間を設計させていただきました。
賃貸の駐車場と民家に囲まれた敷地は、将来にわたって安心して開放できる環境とは言えず、プライバシーを確保しながら終日移り変わる自然光を取り入れるために中庭を3つ設け、前面道路に面した庭と合わせると4つの異なる表情を持つ庭に囲まれた住宅です。道路面と敷地との間には1mの段差がありましたので、その差を利用して僅かにスキップフロアーを構成し、パブリックな居場所は伸びやかに広がりを持たせつつ適度に分節をおこないました。

クライアントの要望を満たしつつ特別に拘ったことは、明るさと暗さ、広がりと籠もりのバランスです。一般的な住居は、その多くのクライアントが出来るだけ明るく、出来るだけ広い空間を望まれますが、明るさも広さも、暗さや籠もり感があってはじめて認識される感覚であることを忘れてはいけません。我々が安心してそこに住まい生活するためには、必ず営巣本能に従って安心して籠もることが出来る居場所が必要です。明るすぎれば休まらず疲れますし、広すぎても落ち着きません。別荘ならばいいですが、日常性を重んじる住居ですからそのことは重要です。



もう一つこの住居で拘ったことは、アプローチから2階のバルコニーを経由して屋上まで行ける外部の階段デッキです。少し複雑な形状をした住宅の隙間を縫うようにして、この階段デッキはつくられています。もちろんこの階段デッキは、昇降するための機能を満たすだけではなく、言わばもう一つの中庭です。気が向けばいつでも自由に場所を選び取って座ることが出来る立体的なデッキ空間なのです。中庭に植栽される樹木が月日とともに成長し、階段デッキを覆い尽くす頃、階段デッキの木漏れ日の下で、クライアント夫婦やご子息様、お孫さんが、昼寝や読書をする風景が今から目に浮かぶ様です。

福岡での仕事はこれが始めてですが、遠距離ということを全く感じることなく、意思疎通も含めて円滑に進めることが出来ました。打ち合わせは主に奥様と行いましたが、様々な選択肢や判断しなければならないことなど、ご苦労もあったかと思います。その様な想定される気苦労を越えて、私達にご依頼頂きましたことを心より感謝いたします。有り難うございました。

Column

18/03/19

少し前に、我が家のiMacを修理に出しました。理由はモニターが壊れて画面に何も映らなくなったためです。買い換えるかどうか迷った挙げ句、修理屋にiMacを持ち込み、早速中身を拝見とばかりに、シャープで美しいアルミ造形に完璧に収まっているモニターをガパッと分解。事務所で主に使っているDELLコンピューターとは似ても似つかないそのコンパクトで芸術品とも呼べるフォルムの何処に、コンピューターとしての機械が詰まっているのか、わくわくしながら見ていました。が、そこに現れたのはぎっしりと充填された基盤とメカの数々。当たり前といえば当たり前ですが、やっぱりそうだったか、という落胆が襲ってきました。なぜ落胆したかと言うと、つまりDELLコンピューターの中身と入っている物たちの様相が同じだったからです。たしかにぎっしり、隙間無く充填されていましたが、結局は古典的なコンピューターなんだなと思い知らされたことががっかりでした。

いつも思うのですが、これから先、こういった機械はどのような進化を遂げるのでしょうか。一つの現実的な将来像として、量子コンピューターの実現があるでしょう。これまでのスーパーコンピューター(日本の京の様な)を古典コンピューターと呼ぶそうですが、それとは全く異なる計算アルゴリズムで、圧倒的なコンパクトさと飛躍的な計算スピードを実現するそうですが、私がびっくりしたのは、その機械としての様相が、これまでのコンピューターと全く異なる点です。つまり基板とICチップが幾十も折り重なる風景ではなく、小さな鉄の箱を電線で結びつけただけの空っぽに近い箱です。ほんとに空っぽ。体育館ほどの体積を要する京に、その空っぽの箱が勝つ(らしい)ことを目指すのですから、これは驚きです。さらに時代も進むと、私はそういった機械が有機化して行くのではないかとすら思います。いつも思い出すのは、風の谷のナウシカに出てくる巨神兵。これは人類の末裔が、その圧倒的なテクノロジーの末に開発した機械であり生物の様なものではないかと考えています。我々の将来は、スカスカな機械かドロドロの有機体か、そのどちらかに支配されているのかもしれません。