Column

26/09/03

切りが無いことだけど、電車に乗っていると何時もの様に気になる言葉が溢れていて落ち着かない。例によって広告は脱毛・転職・金貸しで満たされ、最近は転職のバリエーションも増えてきて、経理ソフトや英会話も中々に根強い。その中で最近ひときわ目を引いたのが「自分の可能性は、自分一人では、なかなか気づけない」だ。言わずもがな、転職サイトの広告である。瞬時にいろんな言葉が湧き出すが、最初は「自分の不可能性も、自分一人では、なかなか気づけない」となる。自分の不可能性なぞ、知りたいひとはそうそう居ないだろうし、それでは商売にならないから仕方ない。心配してしまうのは、この広告を信じて本当に転職してしまうひとが沢山いるかもしれない、ということ。少なくともこの広告を読んで疑問に思わなかった方は、すこしやばいですよ。しかしもっとしつこく考えると、自分の可能性や不可能性は、自分以外に一体誰が気づけるんだ?となる。つまりお金の事か。お金を可能性と言っているんでしょう。こうしたら一時的に今より給料が上がりますよ、とかそういったことを「可能性」と言っているのですね。
そして次、自分の可能性を他者に「教えて」もらって、さてどうなりますか?という疑問。これは「あなたの未来はここにある」「本来の自分探し」の変種なので、その先に、あなたが思い描くような明るい未来は存在していない点だけは共通しています。存在していないと言い切ってしまったら身も蓋もないから、あえて言い換えれば、もしその先に明るい未来があるとするならば、その方は最初から、他者に言われるまでもなく、本来もへったくれもない「自分」を肯定し、自らの力で何かを引き寄せ、行動をおこして自明なこととしての「自分の未来」を歩んでいるはずです。いや、「未来の自分」を歩むことは出来ないから、「今」をただ黙々と、全力で、必死の思いで歩んでいるはずだ、となります。この恐るべき当たり前を理解するかしないかで、人生は大きく違うわけで、何か違うのかといえば、世間はあなたを不安がらせて、あなたの未来を否定し、それ故に是非このサービスを利用してください的な、詐欺まがいの商売で溢れているからです。その商売はすなわち、本来存在しない未来を吊し上げ、ただ切ないまでに今しか生きることが出来ないという現実を隠蔽することで成り立っているからです。何を馬鹿なこといってんだ、と怒る方、ではその未来とやらを、今ここに出して見せて下さい。

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