Column

2007 . 4 . 2

 先日、NHKで古代遺跡の発掘を取り上げた番組を見た。世界中にとてもたくさんの考古学者と言われる方々がいるものだな、と思いましたが、その「過去を知る」という興味がどういう訳だかへんな方向へ向かうと「単なるコレクター」になり「発掘者としての名誉」を求める醜い欲望が露呈した普通の人になるようです。そもそも人はどうして過去を知りたくなるのか疑問に思いませんか。過去に限らず未来も知りたがるし、さらに遙か遠くに離れた場所の物事や、他人の事、宇宙の事。人はいろいろ知りたがる生き物なのだな。探求心、っていうのかしら。それがなかったら一般的にダメなひとって言われるから困った社会になったものです。哲学的な意味で宇宙を考えるのなら誰にも迷惑はかけないけど、単なる人間の欲求で喧嘩したり何かを壊したりするのは、その人が死んでしまえばそれまで。一体何に駆り立てられ、怒って喧嘩して汗水流して「知って」「集めて」、そのことに一体何の価値があるのか分からない。周囲を安直に探求するのも悪くなないが、ぼーっと、無いことをただ想像してみたりすることの方が私は好きだ。私たち世代ははっきり言って「物欲」の世代だと思う。生きて求める何かが、最終的に「物」に帰着出来る物事である事がほとんどだからだ。自分も物に拘る方だから良くわかるけど、本質的な価値は「物」自体には宿らない。ならば価値はどこにあるか。「物」の奧に潜む精神性としか言いようがないです。愚直なくらい分かり安い例をあげると、「結果ではなく、プロセス」という言葉がある。日本はものつくりの国だったが、もともと持っていた誇り高き「作る精神」をどっかに置き忘れた様だ。

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