ご面談頂く方の多くから、acaaで設計する住宅の建設価格やその取り組みについてのご質問を頂きますので、お答えいたします。 私が独立したのは1998年ですが、最初に設計させて頂いた叔父の別荘は1500万円でした。次いで私の自邸など数件を設計し専門誌や雑誌、テレビメディアを通じて発表したのですが、それらは1700~1800万円でした。その後幸運に依頼が続き、独立して間もない頃から2000万円台の家を数多く設計させて頂きました。その様な経験から、現在でも戸建て住宅については2000万~10000万以上というとても広い幅の価格帯に対して、ご要望に応えるべくスタッフ全員で設計に取り組んでおります。価格帯の広さに加えて、ご依頼頂く年齢層も広く、20台から70台の終の棲家まで様々です。そして地域や環境も都市部の狭小宅地から草原の傾斜地まで。。。
建設価格は経済の物価スライドに応じて上昇する傾向であることは間違いありませんが、その原因のひとつは職人不足による人件費の上昇によるものです。それから消費増税やオリンピックといったイベントごとに、量産住宅の営業は加速度を増し、架空の好景気に煽られて物価はどんどん上昇します。さらに、新型コロナウイルス感染症やロシアによるウクライナ侵攻の影響を受け、物価の上昇は加速しました。勿論、その様な事態はそう長続きするものではありませんが、私が独立した当初の価格をそのまま実現することは、残念ながら不可能な時代となってしまいました。一方で我々は年々上昇する工事価格に対して冷静になり、適性価格を導き出す知識と努力が求められていることは間違いありません。大手メーカーですと3000万円台というのはとても引き受けられない時代になってしまいましたが、我々建築家がその価格帯に対して積極的に取り組むことをしなければ、おそらく日本の住宅文化は完全に失われ、無機質で無表情な量産型住宅で覆い尽くされてしまうでしょう。
住宅に限った話ではありませんが、建築は工事費が高ければ良い空間が出来るとは限りません。それは都市や住宅街をご覧頂ければおおよそお分かり頂けることではないでしょうか。総額についてですが、私は、ご依頼いただくクライアントのその時の精一杯の予算でよいと思っています。そしてクライアントの心の豊かさによって我々の提案は大きく変化し、その結果として出来上がる空間の満足度は変わるのだと思います。工事費の多寡は、そのような意味で豊かさや満足度とは関係が無いのかもしれません。そして、その様な取り組みによって丁寧に生み出されるacaaの建築は、設計報酬を加味すると割高にも見えてしまうかもしれません。しかし美しく豊かな生活への憧れが深ければ深いほど、グレーで余分な出費が省かれ、満足度に比して総合的に安いことが分かって頂けるはずです。
満足度は建築の空間そのものだけで決まるのではありません。acaaとの共同作業による時間です。家をつくるというのは、物質的な空間をつくることだけでなく、物語をつくることでもあります。ご依頼を頂いてから引き渡しまで1年以上というのは、長いと思われる方もいらっしゃるでしょう。しかし新たな生活の助走期間と思えばとても楽しく、人生におけるとても貴重でしかも最初で最後の時間なのかもしれません。設計が終わって工事が始まるときや、あるいは引渡しの時に多くのクライアントが残念がるのは、「もう終わっちゃうのですか?」という言葉からも分かる通り、我々とのコミュニケーションを通じて築き上げた思い出の豊かさによるものではないでしょうか。
家は政府が心配するほど、腐ったり朽ち果てたりするものでは決してありません。愛情があれば多分ずっと存在し続けます。存在し続けるに価する住宅とは、ただ単に広かったり最新の設備が備え付けてあったりするものでなく、その空間を導き出すために行われた努力と時間の集積が、デザインとして昇華し物語としてクライアントの記憶に刻まれた住宅なのだと思います。そしてacaaでは工事費に関係なく、より多くのクライアントの豊かな生活を導き出すため、デザインの力を信じて日々設計を行っております。