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相同性と遠近法 竣工レポート

26.09.03

福岡の島に家とスタンドが竣工しました。と言いましても既に1年以上経ちましたが、庭や外壁が落ち着いたこの春を狙って竣工写真を撮影しましたので、毎度のことながらホームページ掲載まで少し時間が空いてしまいました。

設計者としてこのプロジェクトの最大の興味ごとは、ひとりのクライアントの依頼で、隣接する敷地に住宅とお店を、それぞれ1件設計するという点にあり、そのこと自体、深く考えなければおもわずスルーしてしまいそうですが、実は私にとって初めてのケースなので、結果的には意識せざるを得ません。敷地も用途も違うので、合理的に考えればそれぞれ異なる様相となりますが、とはいえ、設計者はひとりなので、そこに潜む同一性がどのように表出して、結果的に村の既存集落の一員としての風景となり得るのか、それがコンセプトになりました。

必要以上に先回りせず、まずは機能的な要望や予算を踏まえた合理的な設計を行った上で振り返り、必然的に生じるであろう差異の、さらに周回遅れで見え隠れする同一性を観察してみよう、といった回りくどい思想です。ですので、この回りくどい思想は、設計中から竣工に至り最近まで、ちゃんとクライアントに話したことはありませんでした。
相同性と遠近法、という面倒くさそうなタイトルは、以上の流れから見えてきたこのプロジェクトの、私にとってとても大切な興味であり発見でした。ここでその詳細な説明は避けますが、だからといって個々の設計が凡庸という訳には、勿論いきません。あえて言えばacaaらしい、尺度とプロポーション、空間分節における手法のオンパレードです。

そのなかで偶然の喜びも生まれました。その舞台は、住宅を立体構成する過程で生まれた2畳の間。2畳しかない空間ですが高さも1.4m。
壁床天井は全てカーペット貼り、という空間です。ここはその名もずばりカーペットの間と呼んでいました。
空間に意味を持たせたくないので、私が設計する住宅のほぼ全ての空間には、機能を示さない、時に無意味なネーミングがなされますが、ここもそうです。カーペットの間、と聞いて??となるのが普通ですが、それでよいのです。その空間を、何時だれがどのように使うかは、常に自由に開けているからです。
そして話題の喜びですが、竣工後、確か一年点検でお伺いした際に住人が増えていたのです。はい、猫ちゃんです。なので正確には住猫が2猫増えたのです。その結果どうなったかといえば、カーペットの間は、クライアントの映画鑑賞の空間であるだけでなく、キャットタワーと化したのでありました。

矩形のボリューム内部を複雑に立体構成した際に、必然的に生まれるひとの尺度に適した沢山の居場所や、隙間を介した視線の抜けは、自然造形(この場合、主に自然地形を意味しています)の縮減(又は類推/アナロジー)という手法を用いるのが、私の常ですが、猫もおそらく気に入ってくれているのでは?と思います。あちこちに居場所があり、移動すればどんどん視線高さも変化し、運動にもなりますし飽きません。
と言ってそれは全て人にも当てはまりますので。

Column

26.09.03

切りが無いことだけど、電車に乗っていると何時もの様に気になる言葉が溢れていて落ち着かない。例によって広告は脱毛・転職・金貸しで満たされ、最近は転職のバリエーションも増えてきて、経理ソフトや英会話も中々に根強い。その中で最近ひときわ目を引いたのが「自分の可能性は、自分一人では、なかなか気づけない」だ。言わずもがな、転職サイトの広告である。瞬時にいろんな言葉が湧き出すが、最初は「自分の不可能性も、自分一人では、なかなか気づけない」となる。自分の不可能性なぞ、知りたいひとはそうそう居ないだろうし、それでは商売にならないから仕方ない。心配してしまうのは、この広告を信じて本当に転職してしまうひとが沢山いるかもしれない、ということ。少なくともこの広告を読んで疑問に思わなかった方は、すこしやばいですよ。しかしもっとしつこく考えると、自分の可能性や不可能性は、自分以外に一体誰が気づけるんだ?となる。つまりお金の事か。お金を可能性と言っているんでしょう。こうしたら一時的に今より給料が上がりますよ、とかそういったことを「可能性」と言っているのですね。
そして次、自分の可能性を他者に「教えて」もらって、さてどうなりますか?という疑問。これは「あなたの未来はここにある」「本来の自分探し」の変種なので、その先に、あなたが思い描くような明るい未来は存在していない点だけは共通しています。存在していないと言い切ってしまったら身も蓋もないから、あえて言い換えれば、もしその先に明るい未来があるとするならば、その方は最初から、他者に言われるまでもなく、本来もへったくれもない「自分」を肯定し、自らの力で何かを引き寄せ、行動をおこして自明なこととしての「自分の未来」を歩んでいるはずです。いや、「未来の自分」を歩むことは出来ないから、「今」をただ黙々と、全力で、必死の思いで歩んでいるはずだ、となります。この恐るべき当たり前を理解するかしないかで、人生は大きく違うわけで、何か違うのかといえば、世間はあなたを不安がらせて、あなたの未来を否定し、それ故に是非このサービスを利用してください的な、詐欺まがいの商売で溢れているからです。その商売はすなわち、本来存在しない未来を吊し上げ、ただ切ないまでに今しか生きることが出来ないという現実を隠蔽することで成り立っているからです。何を馬鹿なこといってんだ、と怒る方、ではその未来とやらを、今ここに出して見せて下さい。